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2010年10月20日水曜日

「幼年期の終わり」の感想

個人的にSF小説はあまり好きではありませんが、この作品は別格でした。
本当の名作は時代やジャンルをも超越するのだということを教えてくれた本です。
SFなんてくだらない。そう思い込んでいた私の考えを粉砕してくれました。



 ここでは、この物語をSFという視点ではなく、文学という視点から物語を思索してみようと思います。

 この物語は、
「人間が争いを放棄し、生きていくのに必要 な物質を全て満たしとき、人類はどういった方向へと向かうのか。」
という問いを投げかけてきます。
 この本が書かれたのは1950年代で、現在は2010年です。当時と比べて、人類の生産性は大きくあがりました。世界の先進国では、貧乏な人間ほど肥満になるという現象が浮上するほどにです。
 しかし、貧困国では、いまだに大勢の餓死者が出ています。日本では、コンビニ、ファミレス、スーパー等の店舗で大量の食事が廃棄されているというのに…。これはひどく矛盾した社会です。しかし、この問題もそう遠くない未来に解決されるでしょう。そして、人類は飢えを克服すれば、さらなる生活の向上を目指すようになります。世界の一部の先進国ではすでにそうなっているように。
 人類の努力で、素晴らしい多くの技術が発展しました。しかしその結果として、世界中の先進国では、職のない失業者が大量にあふれています。皮肉なことに、人を幸せにするはずの技術が、人から仕事を奪ってしまったのです。

過去は

仕事量 < 需要

だったのが、

現代は

仕事量 > 需要

となってしまったのです。

 この現象は新興国の急速な発展でさらに高まるでしょう。今後、食料は今より少ない人口で大量生産が可能となり、「働かざるもの食うべからず」という言葉は、過去ものとなり、働かなくても食える社会が到来するはずです。このような社会で人はどう生きていけばいいのでしょうか。

 この物語の中では、人は学ぶことに重きをおいて生きていました。大学院で高度な専門項目を学ぶ、専門項目以外にも好きなことを突き詰めていく。確かに理想です。私もそういう世界がいつかきてほしいと強く願っています。
 しかし、そんな世界が果たしてうまく機能するのでしょうか。人は、自分の生活を過去とは比較しません。
他人と比較するのです。
 物質が全て満たされた世界では、人は生れながらの顔や身長でお互いを比較するようになるのでしょうか。でも、顔や身長も自由に変更できる時代もくるでしょう。そのとき人はなにをもって幸福感や満足感を得るのでしょうか・・・。

そんなことを色々と考えさせてくれる本でした。未読のかたは、ぜひ一読をお勧めします。
その辺のビジネス書・専門書・歴史本を読むよりも、多くの示唆を与えてくれる素晴らしい本です。

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2010年10月12日火曜日

悪霊1巻の感想

光文社古典新訳文庫より、亀山郁夫氏の新訳が発売されました。
ドストエフスキーの代表作の一つ「悪霊」です。




私は、亀山訳の「カラマーゾフの兄弟」と「罪と罰」を読んでドストエフスキーにはまったので、ためらいもなく即購入した。

亀山氏は、この悪霊をドストエフスキーの地獄編と評している。しかし、この1巻では、そのような雰囲気は感じられない。淡々と、1861年のロシアの農奴解放令(*1)によって揺れる世界が描かれている。一方で、罪と罰のような読み易さはなく、第1章の説明描写はカラマーゾフの兄弟を連想した。

この物語の主人公はニコライ・スタヴローギン(以下ニコライ)であるが、ニコライの本格的な登場は1巻の後半になる。1巻の前半~中盤までの話は、ステパン・ウェルホヴェンスキー(以下ステパン)と友人のワルワーラ・スタヴローギン(以下ワルワーラ)が中心となっている。彼らの20年にも及ぶ友情と恋愛を綯い混ぜたような奇妙な関係が、この先物語に大きな影響を及ぼすことが伝わってくる。

2章のハリー王子縁談では、ワルワーラの息子ニコライの狂った複数のエピソードが紹介される。一方で、ステパンはワルワーラからダーリヤ(以下ダーシャ)との結婚話を突きつけられる。

ここで怪訝に思うのが、ワルワーラが、なぜダーシャとステパンを結婚させようとしたかである。ダーシャはワルワーラの養女である。ステパンとワルワーラはかつて恋愛関係に近い仲にもなっている。なのに、養女ダーシャとの結婚を強制的に勧めた。この時のワルワーラの心情はいかなものだったのだろうか。

3章は、一気に色々な人物が登場する。一度に、彼らの関係を理解することは難しいが、栞にある主要登場人物を照らし合せながら読み進めた。

4章では、マリヤ・レビャートキナ(以下マリヤ)が登場する。教会堂での礼拝式にいたワルワーラの前にマリヤが現れ、ワルワーラは、ワルワーラ婦人の屋敷へと彼女を連れて行く。

5 章は、この1巻で最も話が盛り上がる。マリヤの兄であるレビャートキン大佐が登場し、マリヤが施しを受けた金をワルワーラに突き返す。一方で、妹のマリヤは領地を貰い受けたと主張する。この辺のワルワーラとレビャートキンの立場は、農奴解放令という大きな時代の変遷を受けとめようとしながらも、受け取りきれていない状況を描いているのだろうか。

また、ラストではステパンの息子であるピョートルが登場する。ステパンはあくまで息子としてピョートルに接するが、ピョートルはステパンに親愛の情をもっていないのは明らかだ。この悲しい現実に打ちのめされるステパンは不憫であった。



それにしても、なんという凄い小説なのだろうというのが1巻全体を通しての感想だ。

ドストエフスキーの小説からは、強烈な作者からのメッセージと思想が伝わってくる。それは「罪と罰」「カラマーゾフの兄弟」もそうだった。

亀山氏の悪霊は全3巻で刊行される予定のようだ。次の2巻を楽しみに待ちたいと思う。


(*1)ロシアの農奴解放令

1861年にアレクサンドル2世によって発令。クリミア戦争に敗北したアレクサンドル2世が、ロシアの後進性を痛感して取り組んだ。
 ツアーリズム(ロシア帝国の絶対君主制体制)の危機を感じた皇帝が、「下からの革命による改革よりは上からの改革の方が良い」と廃止を決めた。
 しかし、この農奴解放は、旧地主の大反対によって、農民にとってかなり不利だったため、農民の生活はすぐにはよくならなかった。

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2009年4月7日火曜日

緑衣の鬼

緑衣の鬼

著:江戸川乱歩

光文社文庫
江戸川乱歩全集 第11巻

「赤毛のレドメイン家」のネタを使った作品です。
私は「赤毛のレドメイン家」は未読なのですが、犯人が途中でわかってしまいました。
金田一少年等でも利用されたトリックだし、普段からミステリーを読んでいる人なら、最後まで読み通さなくても、犯人も動機もトリックもわかってしまうでしょう。乱歩ファンなら楽しく読めると思いますが、ミステリーファンとして読むと内容は微妙かもしれません。
初めて乱歩の作品を読むなら、「黒蜥蜴」や「少年探偵団」、初期の短編がお薦めです。「赤毛のレドメイン家」のリスペクトとして書かれた作品なのでしょうが、中途半端な出来栄えだだと思いました。
緑衣の犯人は怪人20面相の劣化版という印象をもってしまうし、探偵役の乗杉はまんま劣化明智小五郎です。ネタバレになってしまうので詳細は割愛しますが、乱歩の本をある程度読んでいる人なら、どこかで見たような光景が脳裏に浮かぶでしょう。
 ただ、だれることなく一通り最後まで読みとおせる出来だとは思います。
長さも適度で丁度良く、通勤・通学中に読む本がない時にでも読むのがいいのではないでしょうか。

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2009年2月1日日曜日

翔ぶが如く2

翔ぶが如く2

著:司馬遼太郎

文春文庫

征韓論をめぐる新明治政府の話です。
征韓論を通せば、日本が滅ぶと主張する非征韓派と、征韓論を通すことが日本のためであると主張する征韓派のごたごたを描いています。
この2巻では、山県有朋と伊藤博文の人物像が特に詳しく描かれています。
何度も総理大臣の座についたこの二人が、現在の日本の基本の形をつくったのは間違いないでしょう。
ただ、ほとんどの人は、あまり良い印象はもたないのではないでしょうか。
確かに官僚としては優れていると思いますが、木戸孝允、西郷隆盛、坂本竜馬等と比べると卑小な人間に見えます。
 実際、世の中を上手に渡っていけるのは山県有朋や伊藤博文のような人間だと思います。
ただ、この二人の考え方は、あまりに現代の官僚に近いため、どうも近親憎悪に近い感覚を抱いてしまいます。
1巻の段階では、まだおぼろげだった日本の未来の姿が、この巻あたりから鮮明になってきます。現代の日本社会が目指す方向が明確にされてきます。今の社会は、維新の薩長が基本になっているということがよく分かります。
まったりと読んでいくつもりだったのに、かなりはまっています。
良い本です。さらに続けて読んでいきたいと思います。

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2009年1月25日日曜日

翔ぶが如く1

翔ぶが如く1

著:司馬遼太郎

文春文庫

罪と罰2が出るまでに時間があったので、なんとなく手に取った本です。
「翔ぶが如く」を読むべきか「水滸伝」を読むべきかで結構迷いましたが、
日本人なのだからとこちらを選択しました。
全10巻の長編小説なので、一気に読むことは難しいと思うので、読みたい本がない時の
合間合間に気長に読んでいこうと思ってます。
それなりに古い本で、内容も内容なので、意味が曖昧にしか理解できない言葉が所々にあり、携帯の国語辞典を良く利用しました。
又、登場人物の名前の読み方が覚えられないので、紙に読み方をメモしておきながら読む必要がありました。
この1巻は、征韓論がメインの話です。
明治維新によって長い徳川幕府の時代が終わり、列強の欧米諸国に追いつこうとする新日本政府。
その中心人物である西郷隆盛と大久保利通が中心に描かれています。
この小説は物語というよりは歴史の教科書に近いです。小説を楽しむというよりは、日本の明治という激動の時代に起きたことの詳細を知る本です。
もちろん内容は面白いのですが、小説が面白いというわけではないです。
明治初期という時代に起きた出来事が興味深いといったほうが適切でしょう。

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2009年1月20日火曜日

罪と罰1

著:ドストエフスキー
訳:亀山郁夫

光文社古典文庫

光文社古典文庫から発売された、新訳の罪と罰の第1巻を読み終えました。
個人的にはドストエフスキーの最高傑作だと思っています。
以前に新潮社版も読んでいるのですが、亀山さんの新訳が発売されているのを本屋で発見し、即購入しました。
 前に出版されたカラマーゾフの兄弟よりもはるかに読み易くなっていて、より現代小説らしくなっていると思います。これは亀山さんがカラマーゾフの兄弟を翻訳したことで小説の技量があがって、慣れたためでしょう。まるで現代推理小説を読んでいるがのごとく、すらすらと読めます。
 あまりにも読み易すぎて賛否両論がありそうですが、個人的には評価します。
難解で重厚な内容だからこそ読む価値があるのだという考えは、私の価値観とは相容れないからです。
私の場合は、内容が面白ければいいのです。そして読みやすければさらに良い。私は、小説はエンターテイメントだと捉えています。
 (以下多少ネタバレありなので注意)
 この1巻では、全6部のうちの1部と2部が記述されています。
老婆殺害から、離れて暮らしていた家族に再開するまでの内容です。
殺人によってラスコーリニコフは苦悩に苛まれ、異常な行動を取ります。
この作品が時間を忘れて熱中してしまうほど面白い理由が、このラスコーリニコフの異常な行動と心理描写にあります。周囲に対して狂気の行動を取るラスコーリニコフは、読み手になんともいえない気持ちを抱かせてくれます。人間の究極の心理状態を疑似体験しているような感覚に近いかもしれません。
この巻の最後のほうでマルメラードフにとる行動などは、呆気にとられてしまいます。
 あまりネタバレをするのは避けますが、未読の人には是非読んでもらいたいです。
この新訳は本当に読み易くなっていて、東野圭吾さんや宮部みゆきさんの本を読んでいるような錯覚すら抱きます(さすがに言い過ぎかな・・・・・・)。
 ただし、まだ全巻刊行されていないので、続きが読みたくても読めないのが残念な点です。
これから読む人は、全巻刊行されてかてから読み始めるほうがいいかもしれません。
早く第2巻が読みたいです。

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